「ヨハン!止めろ、止めるんだ!!」
オレが奪ったバイクで吹雪さんの店に駆け付けた時には、既にヨハンは吹雪さんに銃口を定めていた。
止めなければ!
これ以上、ヨハンの狂気を見過ごす事は出来ない。
「十代・・・?ちょうど良い所に間に合ったな。これからがクライマックスだ・・・」
ヨハンはオレの制止を聞こうとしない。
駆け付けたオレに動じることなくヨハンは微動だにしない。
オレはヨハンに駆け寄り、取り押さえようとした。
「じゅ、十代・・・何するんだ・・・これからって時に。何で邪魔するんだ!」
「ヨハン!目を覚ませ!お前、何をしてるか分かってるのか?」
「オレたち二人が・・・もっと理解し合って・・・快楽を・・・分かち合う為じゃないか!十代こそ・・・何故分かってくれないんだ!」
揉み合いながらヨハンを説得するが、ヨハンに罪悪感の微塵も感じられない。
それどころか、ヨハンは自らの行動に正当性を持っているかの如く、何か、強い信念を感じさせる。
「ヨハン!頼む・・・元のお前に戻ってくれ・・・」
「オレは何一つ変わってなんかいない・・・十代とこの・・・開放感と高揚感を・・・一緒に・・・感じたいって・・・ずっと思っていたんだ」
殺人を一緒に・・・開放感・・・、高揚って・・・?
制止しようとするオレを力一杯振り解こうとするヨハン。
元GXのオレの方が力が強いとはいえ、ヨハンの行動に疑問を持って躊躇しているオレの分が悪い。
「血が迸るごとに・・・痛みからも・・・恐怖からも・・・全て開放される・・・鮮血を見れば・・・十代だって・・・」
痛み・・・恐怖・・・確か大徳寺先生の家を出る時にもヨハンは同じような事を呟いていた・・・。
「づぁ”っっ!」
オレとヨハンの膠着状態が続いている間に吹雪さんがヨハンに体当たりした。
吹雪さんの体当たりの反動で店の入り口からオレたちは店外へ押し出された。
「うっ・・・ううん・・・」
道路に押し出されたはずみで組み合っていたオレとヨハンの体が引き離れたが、ヨハンの方がオレより先に立ち上がった。
立ち上がり、体勢を整えたヨハンはどこか遠くを見つめながら呟く。
「痛っ・・・っててて・・・せっかく十代と一緒に味わえるチャンスだったってのに・・・。そうか!・・・十代は実際に吹っ飛ぶ所や血が噴き出す所をよく見ていないからな・・・」
何っ・・・!
血が噴き出す所をよく見ていない?
不気味にそう呟くヨハンの見つめる先には何があるのか・・・。
ちがう・・・。
明らかに正気のヨハンじゃない。
きっと・・・きっと・・・ヨハンの正気を狂わす何かがあるに違いない。
「ヨハンっ!!」
正気を取り戻してほしい。
元のヨハンに戻って欲しい。
でも、ヨハンにオレの想いは届かない。
「そうかぁ・・・、だったら・・・ククッ・・・クハハハハハハハッ」
突然笑い出し、オレを見つめてヨハンは言った。
「じゃあ、とっておき・・・。とっておきのをプレゼントするよ。ちょっと惜しい気もするけど・・・オレの十代の為なら・・・、ククッ。待ってろよ、十代。クハハハハハッ」
っ・・・!
ヨハンはそう言い残すと再び夜の闇へ消えていった。
吹雪さんの体当たりは、俺の方により強くダメージが残ってしまった。
道路に放り出された時に頭を打ったせいか軽い目眩がしてすぐにヨハンを追い駆ける事が出来ない・・・。
「んっ・・・んん・・・。痛たたた・・・大丈夫?十代くん・・・」
出血している左腕を押さえて吹雪さんがオレを気遣って声を掛けてくれた。
あの時、吹雪さんが見を挺して体当たりしていなかったら・・・ヨハンはオレを振り解いて狂気を実行してただろう。
「吹雪さんの方こそ、大丈夫か?」
「うん・・・危ないトコロだったけど、十代くんのおかげで助かったよ。まだちょっと体が痺れてるけど、じきに治るだろう・・・」
痺れ・・・?
ヨハンに薬か何か飲まされたのかと疑問を感じたと同時に吹雪さんの口から思いがけない言葉が飛び出した。
「十代くん、気を付けて・・・。アイツ・・・信じられないけど、催眠術か何かを操れるよ」
催眠術!?
「実は、亮が右腕を失った銀行強盗事件。あの日の前日にもアイツ、ここに来たんだ」
「あの事件の前日に・・・ヨハンが?」
「うん・・・翌日のロケで使用する小道具が壊れたって言ってね」
えっ?!
「吹雪さん・・・その小道具って、もしかして・・・」
「そう・・・『WH80CTM』。小型、広範囲対応業務用無線機・・・。GX使用のインカムと同一機種だよ」
・・・。
やっぱりヨハンはあの銀行強盗事件にも関与していたのか・・・。
「あの時は普通の客だと思って、僕も気付かなかったけど・・・。亮が死んでしまって気になってさ。僕なりに調べてみたんだけど・・・ようやく全部、繋がった」
全てを悟ったような吹雪さんの顔。
吹雪さんの説明によると・・・あの銀行強盗事件前夜。
ヨハンは吹雪さんの店を訪れ、GX使用のインカムに電波ジャック出来るように細工してもらった。
『撃て・・・』
無線をジャックし、オレに誤射させる為に。
それは現場を混乱させ、混乱に乗じてカイザーの右腕狙おうとしていたのだろう、と。
吹雪さんは既に、ヨハンがオレに対して異常なまでに執着していた事を調べ上げていた。
オレが尊敬しているカイザーを失脚させる事で、オレとカイザーの距離が遠のく事を想定したのだろう。
だが、あの事件をきっかけにオレとカイザーは互いが必要な存在だと気付き・・・結ばれた・・・。
吹雪さんの仮説が本当だとすれば・・・ヨハンの狙いは見事に外れ、真逆の結果を招いた事になる。
オレからカイザーを遠ざける為に仕組まれた銀行強盗事件。
吹雪さんの仮説はヨハンのパソコンから出てきたDファイルと合致する。
でも・・・
「あの犯人グループと、ヨハンの接点って・・・?顔見知りだった形跡は掴めなかったけど」
犯人グループについては、オレもGXを辞めてからも調べ続けていた。
愉快犯の無計画で稚拙な犯行だという以外に有力な情報は得られないままだった。
全員死亡という結果に、その後の捜査を憶測だけで打ち切るしかなかったが、犯人グループの誰か一人でもヨハンと接点があった実証を見つけられていない。
「ボクもそこだけ分からずにいたんだけど、自分が操られてみて全てが分かった。接点なく自由に操れる方法・・・」
それが・・・
「それが・・・催眠術・・・?」
「うん・・・。ボクはアイツに見つめられて体が動かなくなった。今でも少し痺れた感じだ。かなりの腕前だよ、アレは」
「でも、どうして吹雪さんは途中でヨハンの催眠術を破る事が出来たんだ?」
「催眠術っていうのは、直接命の危機に関する時には解けるようになってるんだ。人間には防衛本能があって、それが優先されるみたい」
「じゃあ犯人グループの連中は?アイツら、全員死んじゃってるぜ」
「それは掛けた催眠術が直接死に繋がる暗示じゃなかったんだろう。単純に金儲けの為に銀行を襲撃しよう、とかね。元々愉快犯的なチンピラ連中だ。暴れさせて金を奪えっていう催眠術は、連中が興味のある事だけに掛かり易いんだろう」
「確かに、ヨハンが催眠術を操れるとすれば辻褄が合うけど・・・。あの現場には、ヨハンの他にも大勢の人質がいたんだ。あの人質全員の死角をついて、インカムにジャックしたりっていうのは・・・」
「人質全員に掛ける必要はない。自分に狙われないように暗示すれば済む事だ。だいたい人質は銃撃戦が始まったら身を伏せてるだろうし、冷静に見渡してる余裕なんてある奴いないでしょ?それにアイツの能力が一度に何人、操れるのか、計り知れない」
「でも・・・40人だぞ?」
「実際、犯人グループは5人いたんだ。あの子の催眠術が集団催眠をも可能なら上限なんて分からない」
・・・。
確かに一理ある・・・。
でも、だからと言ってヨハンが催眠術師だなんて。
吹雪さんは命を狙われて錯乱してるんじゃ・・・。
「十代くん・・・。キミ、僕が命狙われて被害妄想でアイツに何でもかんでもこじつけてるって思ってるんでしょ!?」
「えっ?いや、そういう訳じゃ・・・」
「キミの顔にそう書いてある!」
・・・。
吹雪さんはヨハンに銃口を向けられ、激しく動揺し恐怖心から動けなくなった。
オレが駆け付けて、ヨハンと揉み合ってるうちに恐怖心が和らいで体が動くようになって隙をついて体当たりした。
その方が現実的な推理だと思うが・・・。
「まぁ・・・信じられないのも無理もないよね。現実離れし過ぎてるし。僕も亮の死がなければ繰り返し引っ掛かってただろう・・・」
カイザーの死・・・ヨハンが何らかの形でその死に関与しているのはパソコンのデータからも明白だ。
ヨハンも犯行を認めるようにオレに話していた。
そしてあれだけ仲の良かった大徳寺先生にまで、狂気の矛先を向け、今もまた吹雪さんまでも狙おうとしていた。
だが・・・この現実が全ての真実だとは思えない。
催眠術なんて、その存在自体信じ難いが、逆にヨハン自身が、何かの催眠術に掛かっているんじゃ、ないだろうか・・・?
その方がオレには理解出来るし、そうであって欲しいと思う。
「僕が先に銃を抜いたんだ」
えぇっ・・・!?
吹雪さんから先に・・・?
「威嚇して自白させようと思って睨み付けたら急に体が動かなくなった。アイツの視線を受け止めてしまったからだ。そして、アイツ自身、僕に向かって言った。『催眠術を掛けられる』ってね」
ヨハンが自分で・・・。
状況として、吹雪さんが先に銃を抜いて構えたなら怖くなって動けなくなるなんて考えにくい。
ましてヨハンが自ら催眠術を使えると言うなんて・・・。
「アイツは動けなくなった僕を確認した上で自慢げに言ってた。さすがに僕もダメだと思ったんだけど、アイツが引き金を引く直前に体が動いてね。この腕の傷はその時に受けた」
・・・信じ難い。
信じたくないだけでなく、あまりにも非現実的過ぎて・・・素直に受け入れろってのが無理だ。
「そういえば・・・アイツ、こう言ってたな・・・。確か催眠術を掛けれるようになったのが『子供の頃の生死を懸けた処世術だった』って。何か聞き覚えないかな、十代くん?」
ヨハンの子供の頃?
そういえば、ヨハンの子供の頃の話って・・・小学生の頃に両親を亡くしたって事くらいしか聞いた記憶がない。
そうだ、あの時・・・何気なくユベルに子供の頃の話をしたら言い辛そうに口篭っていた・・・。
幼少期のヨハンの家庭環境に何か原因が秘められているんじゃないだろうか?
だとしたらユベルに聞くしかない。
ヨハンの狂気の元凶を。
元凶を取り除いて目を覚まさせないと・・・。
突然、オレの携帯電話が鳴り響く。
ヨハンから・・・だ!
「ヨハン!お前、今どこにいるんだ!!」
電話に出るなり、オレはヨハンの所在を聞き出そうと声を荒げた。
当てのないない追跡に焦りを隠せない。
『十代?なに大きい声だしてるんだよ』
お前の暴走を止めたいからに決まっているだろう・・・。
オレの焦りを疑問に思うヨハンは殺戮を続ける事に何の躊躇もない証拠。
これが焦らずにはいられるか!
『それよりさ、十代。次のは十代にも分かってもらえると思うんだ。最高のプレゼントを十代に贈るよ』
「ヨハン!オレはそんなの求めてない!オレの話を聞いてくれ。本当のお前に戻ってくれ・・・」
『今準備中だから整ったらまた連絡するよ。きっと分かるよ、十代にも・・・。悲しみと恐怖は最高の快楽なんだって』
「ヨハン!!」
切られた・・・。
ヨハン・・・今のお前を止める事は出来ないのか?
お前は本当に悪魔と化してしまったのか?
ヨハン、お前は今どこにいるんだ。
次に狙っているのは誰なんだ。
ヨハンが次のターゲットを定めて着々と動いているのは確か。
ヨハンの標的を見極めて先回りしないと・・・。
「吹雪さん・・・オレ、行かないと・・・」
ヨハンの次の行動はまだ分からない。
でも、じっとしていられない。
「十代くん・・・。深追いは止めるんだ。今のキミじゃ亮の二の舞になりかねない・・・危険だ。今のアイツはただの殺人鬼。GXの仲間に事情を話した方が賢明だ」
吹雪さんは焦るオレを、諭すように制してきた。
吹雪さんが心配して言ってくれているのは分かる。
「でも・・・でも、オレ・・・」
ヨハンを止めなければ・・・ヨハンの狂気を・・・。
・・・。
「アハハ。ま、こんな説得で思いとどまるような子じゃないよね、十代くんは・・・。ちょっと、待っててよ」
吹雪さんはオレにそう言うと、店内に一度戻り、何かを持ってきた。
「これ、持ってて。首から下げて服の中にでも入れてね」
吹雪さんは古臭い銀のロケットを手渡した。
開くと中には吹雪さんの写真が貼ってあった。
ぐっ・・・!?
・・・☆・・・×・・・△・・・#・・・♪・・・
「ふ・・・吹雪さん・・・。これ・・・何ですか?」
どういうつもりだろう?
何か深い意味でも・・・。
「お守りだよ!」
・・・。
・・・・・・。
・・・☆・・・×・・・△・・・#・・・♪・・・
「お、お守りって・・・!?」
意味が分からず吹雪さんの顔を見つめると、吹雪さんはニカッと笑いながらこう言った。
「ハハッ。どう?カッコいいでしょ、それ。ボクは危険な目には遭いたくない!だけど、今の十代くんは冷静さに欠けていて心配だ。いつでも僕が傍にいるつもりで、それを身に着けて冷静に動け!」
「ぷっ・・・ハハ・・・。吹雪さん・・・」
オレは思わず失笑してしまった。
こんなに切羽詰まって、追い込まれているってのに。
「ハハッ。・・・そう、その顔だ。人間、追い込まれた時こそ冷静さと余裕がないとね」
吹雪さんはそう言うと、オレの首にロケットを掛けてくれた。
・・・。
少しだけ冷静になれた気がする・・・。
きっと吹雪さんの狙いはこの冷静さだったのだろう。
「吹雪さん、ありがとう・・・。じゃ、オレ、行ってきます」
「うん、気を付けてね。・・・良く似合ってるよ、そのロケット」
オレは吹雪さんに会釈して別れた。
ヨハンを追い駆け、夜の街へ飛び出したオレの背中に吹雪さんが最後に呼び掛けた。
「十代くん!そのロケット、失くさないでよね!!」
走りながらオレはロケットを握り締め、服の中へ仕舞い込んだ。
ヨハンが・・・ヨハンが狙っているのは誰なんだ!?
誰に連絡すれば良いだろう?
丸藤亮
大徳寺先生
ヨハン・アンデルセン
丸藤翔
万丈目準
天上院吹雪
ユベル・アンデルセン